無益性の拡大解釈のゆくえ - 地域医療日誌 につづきます。
ブラックな医療業界
すでに限界に達している医療現場。これからどうしていくのか? 厚生労働省も検討をはじめているようです。
先日開催された検討会の報告書が公開されています。
内容をじっくり吟味したいところですが、報告書はかなり分量があり読み込むには時間がかかります。
ここにあわせて、厚生労働省が実施した「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(働き方調査)の結果概要も公表されています。
すでにメディア記事などでご存知かもしれませんが、この中に医師の勤務時間の調査結果が示されています。一部引用します。
これによると、20代男性医師では、平均週57.3時間、その他の当直・オンコールが週18.8時間、ということになります。当直・オンコールは実際に診療していない待機時間を含みますが、事実上の拘束時間となります。
これでも現場の感覚としては想定外に少ない、という印象ですが、診療現場(診療科や地域)によって大きく状況は異なっているでしょう。
しかし、実働時間のみで概算しても、20代の残業平均月80時間以上+待機拘束時間ということになります。いかに医療現場がブラックか、ということがわかります。
過重労働を政府が追認
それを政府が後押ししています。
政府の働き方改革実現会議がまとめた「働き方改革実行計画」(平成 2 9 年3月 2 8日)から引用します。
医師については、時間外労働規制の対象とするが、医師法に基づく応召義務等の特殊性を踏まえた対応が必要である。具体的には、改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用することとし、医療界の参加の下で検討の場を設け、質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現を目指し、2年後を目途に規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得る。
医師の応召義務の特殊性を盾にとっていますが、もちろん、医師が足りないという理由からです。
2年の検討+5年後を「目途」にした規制、ということは、医師はあと7年は時間外労働規制は猶予される、ということです。
医療現場の人手不足の深刻さがよくわかる文章となっております。
応召義務とは
ところで、応召義務とはどのような定めでしょうか。医師法第19条に定められている、罰則規定のない義務です。
診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
この「正当な理由」とはどこまで含まれるのか。解釈についてはいくつかの裁判例があります。*1
【参考】「応招義務」に関する厚生省の通知・回答
昭和24年9月10日 医発752号 厚生省医務局長通知
ⅰ)医業報酬が不払いであってもこれを理由に診療を拒むことはできない。
ⅱ)診療時間を制限している場合でも、これを理由に急施を要する患者の診療を拒むことは出来ない。
ⅲ)天候の不良なども、事実上往診の不可能な場合を除いて「正当な事由」には該当しない。
ⅳ)医師が自己の標榜する診療科以外の診療科に属する疾患について診療を求められる場合も、患者がこれを了承する場合は一応の理由と認めうるが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他出来るだけの範囲のことをしなければならない。昭和30年8月12日 医収第755号 厚生省医務局医務課長回答
ⅰ)医師法19条にいう「正当な事由」のある場合とは、医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって、患者の再三の求めにもかかわらず、 単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは、第19条の義務違反を構成する。
ⅱ)医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条にいう「医師としての品位を損するような行為 のあったとき」にあたるから、義務違反を反復するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。昭和30年10月26日 医収1377号 厚生省医務局長回答
休診日であっても、急患に対応する応召義務を解除されるものではない。
昭和49年4月16日 医発第412号 厚生省医務局長回答
休日診療所、休日夜間当番医制等の方法により地域における急患診療が確保され、かつ地域住民に十分周知徹底されているような休日夜間診療体制が敷かれている場合において、 医師が来院した患者に対し休日夜間診療所、 休日夜間当番医等で診察を受けるよう指示することは、医師法第19条1項の規定に反していないものと解される。ただし、症状が重篤である等直ちに必要な応急の措置を施さねば患者の生命、身体に重大な愛嬌が及ぶおそれがある場合においては、医師は診療に応ずる義務がある。
ただし、何が正当な事由にあたるかは「それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきである」(厚生省医務局長通知)とあります。
法外な長時間の時間外労働が社会通念上健全と認められるのでしょうか?
もしそうであるなら「正当な理由」に該当することになるわけですが、いかがでしょうか、厚生労働大臣。
医師は例外に
これに対する関連団体の声明が凄まじいです。
最初に声を上げたのは、こちらの団体です。
医療分野では救急対応などをしなければならず、どうしても長時間労働になりがちである。これを他産業となべて一律の上限を設ければ、医療現場は立ち行かなくなり、患者・国民が損害を被る―。
日本病院会の堺常会長は、27日の定例記者会見でこのような状況を訴えるとともに、近く、日本医師会や全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会と協議のうえ、「医療分野の特例」を求める要望書を提出する考えです。
救急対応や、研修と業務の特殊性など、医療の特殊性を考慮すべき
安倍晋三内閣総理大臣は一億総活躍社会の実現に向けて、「働き方改革」を進めています。その一環として、時間外労働について「労使が合意した場合の残業上限は月45時間・年360時間に、臨時的で特別な事情があると労使が認定した場合には、それを超えて月平均60時間・年720時間までに制限し、これに違反した場合には管理者を罰する」との方向が打ち出されています。
この点について堺会長は、「働き方改革に賛成する」との前置きをした上で、医療分野には特殊性があるため「医師は例外にしてほしい」と強調しました。
医師だけは特例を設けて、時間外労働規制を除外するよう意見書を提出しています。
組織はぼくらを守ってくれない、ということがよくわかりました。
医療現場が立ち行かなくならないようにすることは、当然のことです。立ち行かなくならないように工夫をしていくのが組織の役目ではないでしょうか。
なにか、リーダーシップの方向性を間違えているように思えます。
規制猶予が決まったあと、定例記者会見での日本病院会会長の堺常雄さんの発言の概要はこちら。
- 例外を認めないかなり厳しい改革だが、委員にも医療の特殊性に対するご理解を得られたと個人的に思っている。
- 日本の病院は、長い歴史の中で三六協定が何かを明確に理解されていないところがある。医師も労働者となれば、雇用関係の中で「当直業務はこういうもの」「学会参加時は勤務か」といったことをしっかり契約に盛り込み、記録に残す必要がある。
そして、日本医師会会長の横倉義武さんも見解を発表しています。
- 過重労働が問題となる医師の健康を守り、働く環境を改善していくためにも、その実現に協力を惜しむものではなく、これまでも勤務医の健康支援等に取り組んできた。
- 検討の場において、地域医療に混乱を生じさせることなく、円滑に新制度を導入するための具体策が検討されることを望む。
- 今回の議論で、多くの患者さんや国民から「医師が労働者であるということは違和感がある」との声をたくさん頂いた。
- この機会に、そもそも医師の雇用を労働基準法で規律することが妥当なのかについても、抜本的に考えていきたい。
法外な時間外労働を認めないと地域医療に混乱が生じる、と本気で考えておられるのでしょうか?
業界全体がブラック確定。こうした上司にはついていけません。
医療業界は努力が足りない
この検討会の委員でもある渋谷健司さん(東京大学大学院 医学系研究科 国際保健政策学教授、一般社団法人JIGH理事長)が、この報告書に関連した記事を書かれています。
ぜひご一読いただきたいですが、一部を引用させていただきます。
4月6日に、厚生労働省が「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書」を公表した。これは非常に重要な提言だ。日本の医療がこれからも私たちの健康を守ることができるか、それともシステムごと疲弊して機能しなくなるか。その分岐点となる提案だと、個人的には思っている。
なぜ、医療従事者の働き方を変えるのか。ひとことで言えば、真のプロフェッショナルになるためだ。それは、制度や組織に頼って、物言わぬ存在として在り続けることではない。矜持と自律を備えた職業人として、緊張感を持って、精一杯自らの力量を発揮し、患者や家族、そして人々に尽くすことだと考える。
責任をもって地域医療の役割を果たすためには、自己犠牲に依存するのではなく、疲弊しない環境づくりが必須だ、という意見に全面的に賛成です。
これは、責任をもって診療できる環境のためです。
今が成り立たないのだから、医者にもう少し無理をしておいてもらえばいい、という政府の考えや国全体に漂う雰囲気には、まったく新しいビジョンを感じません。
提言するなら、医療機関に大きな構造変革を迫るような内容であるべきでしょう。
まだまだできることがあるはずです。
医療現場の過重労働と無益性の拡大解釈
医療現場の過重労働と無益性の拡大解釈。起きるべくして起こっている現象ではないかと懸念されます。
医療ニーズの増大に伴い、し烈さをきわめる医療現場では、さらに効率化するにはどうすればよいのか考えることになるでしょう。いよいよどの仕事を減らすかという究極の判断を迫られるようになった時、無益性が拡大解釈なされる危険性が高まります。
つまり、苦労しても効果が期待できない治療を差し控えていく、ということです。
効率化を追求する先には、暗い未来しか待ち構えていないはずです。