地域医療日誌

変化しつづける地域でともに悩み、考える医療

過渡期を生きる医療者として、その後

 
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ツイッターから

 

 前回記事 過渡期を生きる医療者として - 地域医療日誌 を掲載した後で、関連したTwitterのつぶやきを拾ってみました。

 

 共感いただき、ありがとうございます。

 そして、著者のつぶやきから。

 

 まさに本の内容をなぞらえるようなつぶやきですが、そのような可能性を捨てないようにしたいです。

 

 誰でも医療を受けたい、医療を受けるべきだ、と思っているわけではありません。そんなことは当たり前のことなのですが、困っている(ように見える)人は医療を求めているはずだ、と無意識に考えてしまうことこそが、恐ろしいことなのです。

 

文脈依存アプローチの限界

 

 文脈で考えている限り、ここからは逃れられないような気がします。医療を提供するという前提にあるかぎり、何かしてあげるにはどうしたらよいか、と考えてしまうからです。

 

 だいぶ前になりますが、このことについて少し考えて記事 *1 にしていたことを思い出しました。 

時間的継続性や関係性があれば、患者の理解が深まるというのは、どこか科学的な解決策に過ぎず、まだまだ全体をとらえきれていないように思えるのです。

これは現代の医療では基本となるアプローチと思われますが、情報をうまく引き出してはじめて文脈がはっきりと理解できる、文脈がわからないと理解できない、という文脈に依存される文脈依存性アプローチとなっています。

 

 さらには文脈依存アプローチのひとつ、患者中心の医療についての記事も。

www.bycomet.tokyo

 

 文脈に依存することで選択肢を狭めているということであれば、患者を理解することだけではなく、治療方針や予後を変えてしまいかねない、重要な問題が潜んでいるかもしれません。

 

 頭の中がぐるぐる回り始めていますが、整理されていません。まあ、本を眺めながらでも、ゆっくりと考えてみたいです。

「健康第一」は間違っている (筑摩選書)

「健康第一」は間違っている (筑摩選書)

 

 

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