地域医療日誌

変化しつづける地域でともに悩み、考える医療

エビデンスを知ったところで無力ですよね?

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 このブログで何ができるようになりますか? - 地域医療日誌 について、もう少し考えてみたいと思います。

 

処方決定権という壁

 例えば、自分のかかっている病気に対して、ある治療に効果があるのか、調べたとします。

 実は効果があった(なかった)とわかったとしても、その治療を受ける(やめる)ためには、医師に相談しなければならないことになります。

 そこに大きな壁があるわけです。

 受けたい(やめたい)治療があったとしても、それを相談して自分の思い通りにしてもらうことが、難しいのです。

 

 例えば、薬剤師が、自分が薬を出している患者さんのかかっている病気に対して、ある治療に効果があるのか、調べたとします。

 実は効果があった(なかった)とわかったとしても、その治療を受ける(やめる)ためには、医師に相談しなければならないことになります。

 そこに大きな壁があるわけです。

 受けさせたい(やめさせたい)治療があったとしても、それを相談して自分の思い通りにしてもらうことが、難しいのです。

 

 結局、効果があるかないのかわかったとしても、処方はどうにもならない、という無力感が常につきまとうことになるでしょう。

 エビデンスについて知ったところで、次につながらない。

 結局、エビデンスは無力だということでしょう。

 

処方に関係ないことならできる

 自ら単独で決断できる行動については、自分で選択することができます。

 薬を買いに行く、サプリメントを試す、検診を受ける、ワクチンを受ける、受診する、などの行動については、他人が介在することなしに自ら決断することができるでしょう。

 まず出発点として、こういった「裁量権のある行動」から考えてみましょう。

 

 この裁量権のある行動について考えるためには、さらにその先のことがわからないと決められません。薬や検査にはいったいどのくらい効果があるのか、わからないと行動を選択することができません。

 そこで必要になるのが、エビデンスです。

 

 たったこれだけの効果しかない、ということがわかれば、薬を買いに行くのをやめるかもしれません。検診は受けなくてもいい、と思うかもしれません。

 

 いやいや、そんなエビデンスはともかく、薬はのんだほうがいいよ、検診を受けたほうがいいよ、というのには違和感があります。

 まるで、医学的な判断であるように装いながら、科学的根拠を隠して治療や検査を受けるように誘導しているかのようだからです。

 

 もう少しエビデンスを直視すべきです。もう少し医学論文で発表されている知見を直視すべきなのです。

 行動を決めるのは、それからでも遅くありません。

「健康第一」は間違っている (筑摩選書)

「健康第一」は間違っている (筑摩選書)

 

 

処方の際にはぜひ質問を

 もちろん、処方を受ける際にも相談することができますが、自分の意向とは関係なく決められてしまうこともあるでしょう。

 医師自身が(昔に比べて)パターナリスティックではないと自覚していたとしても、患者が医師と対等な立場に立てる場面は少ないことでしょう。

 決める、決めてもらう、という関係から逃れることはできませんから。

 少なくとも、自ら決められる行動に比べて自由度ははるかに小さくなります。

 

 しかし、できることは何もないわけではありません。このような質問をしてみてはいかがでしょうか。

  • その検査を受けると、どんなメリットとデメリットがありますか?
  • その検査を受けなければ(何もしなければ)、どんなメリットとデメリットがありますか?
  • その治療を受けると、どんなメリットとデメリットがありますか?
  • その治療を受けなければ(何もしなければ)、どんなメリットとデメリットがありますか?
  • その他の選択肢はありますか?

 

 現状を変えていくには、少しずつ行動していくしかありません。決して無力ではないはずです。

 

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