地域医療日誌

新しい医療のカタチ、考えます

ベイズの定理でインフルエンザの診断を考える

記事再編 2020-8-11

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 鉄は熱いうちに打て、とは言い得て妙です。熱量が高いうちに書いた記事のほうが、少し時間をおいて冷静になった記事よりも、強い思いが込められるような気がします。

 インフルエンザの大流行が過ぎ去ろうとしている今だからこそ、書くべきことがあります。今を逃すと、また来年になってしまいそう、いや、一生書く機会を逃してしまうかも。

 まずはそう、あの忌々しい「インフルエンザの検査」に関することです。

 

ひたすら繰り返すインフルエンザの説明

 診察室には毎日たくさんのインフルエンザ患者がやってきます。忙しく時間のプレッシャーがある中で、ていねいに説明して誤解を解いていく単調な作業は、途方に暮れます。

 説明はだいたい決まっているのですが、最初の難関はインフルエンザ迅速検査 *1 を行うかどうかです。

 ここに大きな誤解があるからです。

 

お粗末な診断スタイル

 日本で主流となっている「インフルエンザの診断スタイル」は簡単です。

インフルエンザ迅速検査

→結果が陽性ならインフルエンザ、陰性ならインフルエンザではない

 

 多くの医療機関では、この診断スタイルを採用していると思います。しかし、これは誤りです。

 さて、この診断方法、どこが間違っているのでしょうか?

 

 

診断は確率

 病気の診断のほとんどは白黒はっきりするものではありません。

 たとえば、インフルエンザウイルスが存在するかどうかを人間が目視で確認することはできません。ウイルスは小さすぎて、ぼくらの目には見えないからです。

 そこで、「間接的な情報」からインフルエンザウイルスが症状に関与しているかどうかを判断することになります。

 直接インフルエンザを確認できれば、「100%の診断」が可能かもしれませんが、それができない限り、診断は「可能性(確率)」になります。

  • 診断は確率である。

 まずはここをおさえておきましょう。

 

ベイズの定理でインフルエンザを考える

 それでは、診断の確率をどのように推測すべきでしょうか。

 ここで「ベイズの定理」を利用します。詳細はそのうちにご説明したいと思いますが、ここではこのように理解しておきましょう。

  • 診断の確率は、頻度検査特性で決まる。*2

 

 診断の確率は「頻度」と「検査特性」で決まるのです。

 頻度とは「診察前の段階での診断確率」(事前確率と呼んでいます)のことです。

 インフルエンザでは流行状況になるでしょう。地域や学校などで流行している場合、頻度が高くなる、つまり診察前の段階での診断確率が高まる、というわけです。

 あたりまえですね。

 

 検査特性とは「検査の感度・特異度」など、臨床研究などで明らかになる指標から算出されます。

 発熱がみられるとインフルエンザの確率が高まります。これは、発熱があるという情報が追加されることによって、インフルエンザの診断確率(事後確率と呼んでいます)が高まるということです。

 どの程度インフルエンザの確率を高めるのか、これを臨床研究の結果からわかる「感度・特異度」という指標を用いて算出します。

 

 ここまでをまとめます。

  • 診断は確率である。
  • インフルエンザの診断は「流行状況」と「検査の感度・特異度」で決まる。

 

検査の感度・特異度

 感度・特異度について、簡単に説明しておきましょう。

  • 感度とは病気の人のうちで、検査陽性となる人の割合のこと。

 感度90%とは、病気の人10人のうち9人が陽性(1人は見逃し=偽陰性と呼んでいます)となる検査のことです。(これはかなり精度の高い検査です。)

 

  • 特異度とは健康な人のうちで、検査陰性となる人の割合のこと。

 特異度90%とは、健康な人10人のうち9人が陰性(1人は過剰診断=偽陽性と呼んでいます)となる検査のことです。

 

 

 感度90%・特異度90%という精度の高い検査で診断した場合であっても、すべての患者に正確な診断がつけられるわけではありません。なぜなら、診断の確率は検査特性だけではなく、「頻度と検査特性で決まる」からです。 

 

 仮に、ある病気の事前確率が50%の患者について考えてみましょう。

 感度90%・特異度90%の検査が陽性の場合、事後確率は90%となります。検査で陰性の場合には、事後確率は10%となります。

 これなら、検査結果が診断を左右することになります。つまり、事前確率が50%のとき、検査が最も有効となるわけです。

 

 ところが、ある病気の事前確率が10%の患者に対して検査陽性の場合、事後確率は50%となってしまいます。

 同様に、ある病気の事前確率が90%の患者に対して検査陰性の場合、事後確率は50%となってしまいます。

 事後確率50%とは、検査したがために、どっちつかずの悩ましい結論になってしまった、ということになります。

 

 ここでまとめると、こういうことになるでしょう。

  • 事前確率が著しく低い(病気の可能性が低い)ときには、検査の意義は低い。
  • 事前確率が著しく高い(病気の可能性が高い)ときにも、検査の意義は低い。
  • 検査は迷ったときに最大の効果を発揮する。

 

 インフルエンザの場合、事前確率はインフルエンザの流行状況と同じことですから、流行状況によって検査の意義が変わってくる、ということになるわけです。

 

 ここまでのおさらいです。

  • 診断は確率である。
  • 診断の確率は、頻度と検査特性で決まる。
  • インフルエンザの診断は「流行状況」と「検査の感度・特異度」で決まる。
 

 

流行状況は主観?

 インフルエンザの診断に必要な情報は、「流行状況」と「検査の感度・特異度」。

 インフルエンザの流行状況は、院内での診療データを利用するほかに、このような公的情報を利用することもできます。

感染症発生動向調査 - 東京都感染症情報センター 

 

 公的情報には、集計公表するまでにタイムラグがあります。インフルエンザのような早い流行では、流行初期の情報が追いついていません。

 さらに、リアルタイムで自院の統計データを参照できる機能のある電子カルテは、まだ少ないようです。

 残念ながら、多くの医療機関では「主観的な判断」がなされているのが実態なのです。

 

メタ分析では感度62%

 インフルエンザ迅速検査の感度・特異度については、臨床研究で示されています。代表的な研究の概要を確認しておきましょう。

メタ分析(Chartrand, 2012年) *3

研究の概要

 インフルエンザを疑う患者にインフルエンザ迅速検査を行うと、rt-PCRまたはウイルス培養に比べて感度・特異度はどれほどかを検討した、診断に関する研究のメタ分析。

 

主な結果 

 159研究(35%がH1N1パンデミックの研究)の結果を統合。
  • 感度 62.3%(95%信頼区間 57.9% to 66.6%)
  • 特異度 98.2%(95%信頼区間 97.5% to 98.7%)
  • 陽性尤度比 34.5(95%信頼区間 23.8 to 45.2)
  • 陰性尤度比 0.38(95%信頼区間 0.34 to 0.43)

 

 なんと、感度は62%という結果だったのです!

 インフルエンザ確定患者に対して検査しても、検査陽性となるのがたった62%ということです。つまり、38%の見逃しがある検査だということです。

 検査陰性でもインフルエンザが否定できない、ということになります。

 これは2012年に発表された研究、それもメタ分析ですから、随分前からわかっていたことなんですね。

 

感度54%というメタ分析も

 さらに、2017年にもインフルエンザ迅速検査のメタ分析が発表されています。結果の一部、該当部分のみ抜粋します。

メタ分析(Merckx, 2017年) *4

研究の概要

 インフルエンザを疑う患者にインフルエンザ迅速検査を行うと、rt-PCRに比べて感度・特異度はどれほどかを検討した、診断に関する研究のメタ分析。

 

主な結果

 130研究の結果を統合。

  • 感度(A型) 54.4%(95%信頼区間 48.9% to 59.8%)
  • 感度(B型) 53.2%(95%信頼区間 41.7% to 64.4%)
  • 特異度 >98%

 

 最新の研究では、インフルエンザ迅速検査の感度は53-54%。もはや、インフルエンザの否定(除外診断)に使える精度ではありません。

 

 ここでまとめておきます。

  • インフルエンザ迅速検査の感度はせいぜい60%程度の精度しかなく、検査で4割の見逃しが発生する。
  • 見逃すということは、インフルエンザ患者をインフルエンザではないと診断して予防策を遅らせることにつながる。
  • 流行期でインフルエンザの可能性(事前確率)が高い場合、検査をする意義はほとんどなく、診察だけでインフルエンザと臨床診断すべきである。

 

 ここまで理解していただいた上で、一連のツイートもご覧ください。

 

 医療の怖さは「検査陰性」でインフルエンザを見逃してしまうことなんです。ウイルスは、目に見えないですから。

 

 さらに詳しく知りたい方は、名郷直樹さんのスライドをどうぞ。

www.slideshare.net

*1:あの鼻に綿棒を入れられる、嫌な検査のことです。

*2:専門用語では「事後オッズ=事前オッズ × 尤度比」と表現されます。

*3:Chartrand C, Leeflang MM, Minion J, Brewer T, Pai M. Accuracy of rapid influenza diagnostic tests: a meta-analysis. Ann Intern Med. 2012 Apr 3;156(7):500-11. doi: 10.7326/0003-4819-156-7-201204030-00403. Epub 2012 Feb 27. Review. PubMed PMID: 22371850.

*4:Merckx J, Wali R, Schiller I, Caya C, Gore GC, Chartrand C, Dendukuri N, Papenburg J. Diagnostic Accuracy of Novel and Traditional Rapid Tests for Influenza Infection Compared With Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction: A Systematic Review and Meta-analysis. Ann Intern Med. 2017 Sep 19;167(6):394-409. doi: 10.7326/M17-0848. Epub 2017 Sep 5. Review. PubMed PMID: 28869986.

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