ベイズの定理でインフルエンザの診断を考える - 地域医療日誌 のつづきです。
ここまでのおさらいです。
ベイズの定理でインフルエンザの診断を考える - 地域医療日誌
- 診断は確率である。
- 診断の確率は、頻度と検査特性で決まる。
- インフルエンザの診断は「流行状況」と「検査の感度・特異度」で決まる。
流行状況は主観?
インフルエンザの診断に必要な情報は、「流行状況」と「検査の感度・特異度」。
インフルエンザの流行状況は、院内での診療データを利用するほかに、このような公的情報を利用することもできます。
公的情報には、集計公表するまでにタイムラグがあります。インフルエンザのような早い流行では、流行初期の情報が追いついていません。
さらに、リアルタイムで自院の統計データを参照できる機能のある電子カルテは、まだ少ないようです。
残念ながら、多くの医療機関では「主観的な判断」がなされているのが実態なのです。
メタ分析では感度62%
インフルエンザ迅速検査の感度・特異度については、臨床研究で示されています。代表的な研究の概要を確認しておきましょう。
メタ分析(Chartrand, 2012年) *1
研究の概要
インフルエンザを疑う患者にインフルエンザ迅速検査を行うと、rt-PCRまたはウイルス培養に比べて感度・特異度はどれほどかを検討した、診断に関する研究のメタ分析。
主な結果
159研究(35%がH1N1パンデミックの研究)の結果を統合。
- 感度 62.3%(95%信頼区間 57.9% to 66.6%)
- 特異度 98.2%(95%信頼区間 97.5% to 98.7%)
- 陽性尤度比 34.5(95%信頼区間 23.8 to 45.2)
- 陰性尤度比 0.38(95%信頼区間 0.34 to 0.43)
なんと、感度は62%という結果だったのです!
インフルエンザ確定患者に対して検査しても、検査陽性となるのがたった62%ということです。つまり、38%の見逃しがある検査だということです。
検査陰性でもインフルエンザが否定できない、ということになります。
これは2012年に発表された研究、それもメタ分析ですから、随分前からわかっていたことなんですね。
感度54%というメタ分析も
さらに、2017年にもインフルエンザ迅速検査のメタ分析が発表されています。結果の一部、該当部分のみ抜粋します。
メタ分析(Merckx, 2017年) *2
研究の概要
インフルエンザを疑う患者にインフルエンザ迅速検査を行うと、rt-PCRに比べて感度・特異度はどれほどかを検討した、診断に関する研究のメタ分析。
主な結果
130研究の結果を統合。
- 感度(A型) 54.4%(95%信頼区間 48.9% to 59.8%)
- 感度(B型) 53.2%(95%信頼区間 41.7% to 64.4%)
- 特異度 >98%
最新の研究では、インフルエンザ迅速検査の感度は53-54%。もはや、インフルエンザの否定(除外診断)に使える精度ではありません。
ここでまとめておきます。
- インフルエンザ迅速検査の感度はせいぜい60%程度の精度しかなく、検査で4割の見逃しが発生する。
- 見逃すということは、インフルエンザ患者をインフルエンザではないと診断して予防策を遅らせることにつながる。
- 流行期でインフルエンザの可能性(事前確率)が高い場合、検査をする意義はほとんどなく、診察だけでインフルエンザと臨床診断すべきである。
ここまで理解していただいた上で、一連のツイートもご覧ください。
流行期の発熱ではインフルエンザの診断確率60%。迅速検査(感度60%、特異度90%)陰性でも診断確率が40%にしか下がらず、インフルエンザは検査では否定できない。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年1月18日
だからインフルエンザの可能性が高いとき、検査する意味はほとんどない。検査陰性でもインフルエンザかもしれないのだから。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年1月18日
流行期に検査はほとんどしませんし、ハイリスクでない限りタミフルもほとんど処方しません。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月2日
A型かB型かわかったところで、何の意味があるのか。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月2日
検査や治療を強要してろくに休暇を与えない社会は、やはり何かおかしい。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月2日
みんな忙しからと省かずに、大事なことをちゃんと説明すればいいのに。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月2日
検査はお金も時間もかかるし鼻出血などの有害事象もある。タミフルにも副作用もある。しなくてもいいことなのに、忙しいから、面倒な説明を省くために、してしまっている。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月2日
医療現場の一端を垣間見る思いでせつない。忙しかったら説明省いて検査・処方しちゃうんでしょ。検査してすぐタミフルが出て、本当によかったの?
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月2日
医療ニーズの低い軽症患者の対応のために、必要な人に必要な時間をかけられなくなっているという問題は、いつまでも放置されたままだ。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月4日
インフルエンザ迅速検査の害は、偽陰性。検査陰性だからインフルエンザではないと説明し、インフルエンザ患者を世に放つことだ。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月4日
医療の怖さは目に見えないんだ。
— 地域医療日誌 (@bycomet) 2018年2月4日
医療の怖さは「検査陰性」でインフルエンザを見逃してしまうことなんです。ウイルスは、目に見えないですから。
さらに詳しく知りたい方は、名郷直樹さんのスライドをどうぞ。
*1:Chartrand C, Leeflang MM, Minion J, Brewer T, Pai M. Accuracy of rapid influenza diagnostic tests: a meta-analysis. Ann Intern Med. 2012 Apr 3;156(7):500-11. doi: 10.7326/0003-4819-156-7-201204030-00403. Epub 2012 Feb 27. Review. PubMed PMID: 22371850.
*2:Merckx J, Wali R, Schiller I, Caya C, Gore GC, Chartrand C, Dendukuri N, Papenburg J. Diagnostic Accuracy of Novel and Traditional Rapid Tests for Influenza Infection Compared With Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction: A Systematic Review and Meta-analysis. Ann Intern Med. 2017 Sep 19;167(6):394-409. doi: 10.7326/M17-0848. Epub 2017 Sep 5. Review. PubMed PMID: 28869986.