地域医療日誌

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アリセプトで死亡が少なくなる?

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アリセプトの効果は幻だった?

 認知症の人アセチルコリンエステラーゼ阻害薬を服用しても、認知機能改善効果は小さいことがわかっています*1

 ドネペジル(商品名 アリセプト)については多数のランダム化比較試験が発表されていますが、代表的な研究をひとつご紹介しておきましょう。

メタ分析(Birks, 2018年)*2

研究の概要

 アルツハイマー病患者がドネペジルを12週間以上服用すると、プラセボに比べて認知機能(ADAS-Cog*3またはMMSE*4)、ADL、QOLが改善するか、有害事象が多いか、などを検討したランダム化比較試験のメタ分析。

 

主な結果

 30のランダム化比較試験(対象者数8,257人)が採択され結果が統合。

 ドネペジル 10 mg/日を24-26週投与した研究では、ADAS-Cog(5研究, 1130人)の平均差 -2.67点(95%信頼区間 -2.02, 3.31)、MMSE(7研究, 1757人)の平均差 1.05点(95%信頼区間 0.73, 1.37)といずれも認知機能改善傾向がみられたものの、臨床的に意義のある差ではなかった

 ADCS-ADL-severeスコア*5で評価されたADL(3研究, 733人)については、平均差1.03点(95%信頼区間 0.21, 1.85)とわずかな差しか認められず、行動心理症状(4研究, 1035人)、QOL(2研究, 815人)に至っては、統計学的有意差さえ認められなかった。

 有害事象(10研究, 2500人)については、プラセボ群に比べてオッズ比 1.59(95%信頼区間 1.31, 1.95)とドネペジル群で多かった。

 

認知機能に差はなく害がある

 アルツハイマー病患者がドネペジルを服用しても、認知機能改善効果は小さく、7~17人に1人有害事象が発生するという結果でした。

 残念な結果です。画期的な新薬、アリセプトの効果は幻だったということでしょう。

 

死亡が少なくなるかもしれない

 ところが、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬に関する新しい観察研究が発表されています。大規模なデータベースを活用したコホート研究です。

後ろ向きコホート研究(Mueller, 2018年) *6

研究の概要

 アルツハイマー病患者のうちでアセチルコリンエステラーゼ阻害薬を処方されている人は、処方されていない人に比べて総死亡が少ないかを検討した、後ろ向きコホート研究。

 南ロンドンのメンタルヘルスケアの大規模データベースを活用し、交絡因子は傾向スコア*7を用いて調整した。

 

主な結果

 2464人の対象者のうち、1261人がアセチルコリンエステラーゼ阻害薬を処方されていた。

 アセチルコリンエステラーゼ阻害薬を処方されている人は総死亡が43%少なかった(ハザード比 0.57、95%信頼区間 0.51, 0.64)。交絡因子を調整してもこの結果は同様に、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬を処方されている人は総死亡が23%少なかった(調整ハザード比 0.77、95%信頼区間 0.67, 0.87)。

 

総死亡が23%少ない 

 アセチルコリンエステラーゼ阻害薬を処方されている人は総死亡が少なかった、という結果となっています。

 諸条件が同一ではないため比較が難しい観察研究ではありますが、ちょっと驚くべき結果となっていました。

 

先行研究では

 これまでのランダム化比較試験では十分に検討されていませんが、総死亡には明確な差はなさそうでした。

 前出のメタ分析(Birks, 2018年)でも総死亡は検討されています。確認しておきましょう。

Comparison 2. Donepezil (5 mg/day or 10 mg/day) versus placebo

82 total number of deaths beforeend of treatment(17研究)

  • 82.1 donepezil (5 mg/d) vsplacebo at 12 weeks(3研究、513人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 0.96 [0.06, 15.29]
  • 82.2 donepezil (5 mg/d) vsplacebo at 24 weeks(4研究、1334人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 1.02 [0.25, 4.10]
  • 82.3 donepezil (10 mg/d) vsplacebo at 12 weeks(1研究、311人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 0.13 [0.00, 6.60]
  • 82.4 donepezil (10 mg/d) vsplacebo at 24 weeks(12研究、2847人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 0.74 [0.46, 1.19]
  • 82.5 donepezil (10 mg/d) vsplacebo at 52 weeks(1研究、286人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 1.36 [0.30, 6.07]

Comparison 8. Donepezil (5 mg/day or 10 mg/day) versus placebo for people with severe dementia

43 Total number of deaths before end of treatment(5研究)

  • 43.1 donepezil ( 5 mg/d) vsplacebo at 24 weeks(1研究、206人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 2.04 [0.21, 19.83]
  • 43.2 donepezil (10 mg/d) vsplacebo at 24 weeks(5研究、1396人) Peto Odds Ratio (Peto, Fixed, 95% CI) 0.71 [0.41, 1.25]

 

 ドネペジル 10mg/日、24週間においてはオッズ比 0.74(95%信頼区間 0.46, 1.19)、重度の認知症に限定してもオッズ比 0.71(95%信頼区間 0.41, 1.25)とやや少ない傾向がみられていました。

 これはコホート研究の結果とよく似ています。ただ、結果にはばらつきがみられます。そもそも発生数が数人から数十人単位と少なく、ランダム化比較試験の結果ですが、十分な検討ができているとはいえません。

 結論にはさらなる症例数が必要でしょう。

 

認知機能はあまり改善しないが寿命は伸びる

 現時点では、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬で認知機能・症状改善効果は小さく有害事象が多いものの、寿命は伸びる可能性がある、という結論にとどめておきます。

 認知症の治療方針を決める際に、参考にしておきたいところです。

 

*1:熱狂のあとに / 地域医療ジャーナル

*2:Birks JS, Harvey RJ. Donepezil for dementia due to Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Jun 18;6:CD001190. doi:10.1002/14651858.CD001190.pub3. Review. PubMed PMID: 29923184.

*3:Alzheimer’s Disease Assessment Scale - Cognitive、0-70点で高値が重症、臨床的に意義のある最小変化量 3点

*4:Mini-Mental State Examination、0-30点で低値が重症、臨床的に意義のある最小変化量 3.72点

*5:Alzheimer's Disease Cooperative Study-Activities of Daily Living scale for severe Alzheimer's Disease、0-54点で低値が重症

*6:Mueller C, Perera G, Hayes RD, Shetty H, Stewart R. Associations of acetylcholinesterase inhibitor treatment with reduced mortality in Alzheimer's disease: a retrospective survival analysis. Age Ageing. 2018 Jan 1;47(1):88-94. doi: 10.1093/ageing/afx098. PubMed PMID: 28655175.

*7:コホート研究ではランダム化比較試験に比べて患者背景に偏りが生じます。これを調整するために、既知の変数から治療可能性の確率を算出し、そのスコアが同じような集団同士で比較しようというマッチングの方法です。既知の背景因子のみで調整されるため、ランダム化比較試験のように未知の背景因子までは揃えることができないことになり、限界はあります。しかし、観察研究のなかでは、より慎重に推定された結果になると思われます。

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