ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは話題になっていることもあり、ネット上にも情報がたくさん出ています。情報が多すぎて、わけがわからないですよね。
でも、アップデートしていかないと情報は待ってくれません。
これまでぼくが書いてきた関連記事 *1 はこの記事の最後にリスト化しておくとして、ここでは最近発表された日本の論文についてご紹介しておきたいと思います。
名古屋のアンケート調査から
横断研究(Suzuki, 2018年) *2
研究の概要
平成27年8月12日時点で名古屋市に住民票のある中学3年生から大学3年生相当の年齢の女性(平成6年4月2日~平成13年4月1日生まれの女性)のうちHPVワクチンを接種した人は、接種しなかった人に比べてあらかじめ定めた24の自覚症状が多くみられたか、を検討した害に関する横断研究です。
主な結果
71,177人が対象。アンケート調査の回答が得られた29,846人について解析。
1次アウトカム(年齢調整後)については、HPVワクチン後に有意に多くなった自覚症状はなかった。
自覚症状のオッズ比は、月経量の異常 1.10(95%信頼区間 0.98, 1.23)、手や足に力が入らない 1.19(95%信頼区間 0.94, 1.50)と多い傾向がみられたものもあるが有意ではなかった。
むしろ、24症状のうち14症状では有意に少なかった。
また、1次アウトカムではないものの、病院受診を要する自覚症状のオッズ比は、月経量の異常 1.43(95%信頼区間 1.13, 1.82)、月経不順 1.29(95%信頼区間 1.12, 1.49)、ひどく頭が痛い 1.19(95%信頼区間 1.02, 1.39)と有意に多く、関節やからだが痛む 1.25(95%信頼区間 1.00, 1.56)と多い傾向がみられた。
さらに、いつもみられる症状のオッズ比は、月経量の異常 1.41(95%信頼区間 1.11, 1.79)と多くなっていた。
HPVワクチン接種で自覚症状は多くならなかった
24の自覚症状については、HPVワクチン接種後に有意に多くなってはいなかった、という結論です。
多くなっていないというよりも、24症状のうち過半数の14症状ではむしろ自覚症状が少なかった、という結果です。
3つのバイアス
この調査は名古屋市が実施したものですが、概要については名古屋市のウェブサイトにて公表されています。
7万人規模の調査をよくぞ実施していただきました。実施した名古屋市、そして協力いただいた対象者の皆様には深く敬意を表したいと思います。
自治体が実施したとはいえ、こういったアンケート調査ではなかなか高い回収率は期待できないものです。集められたデータで考察するしかありません。
さらに、横断研究という研究デザイン上の限界もあり、バイアスの影響は避けられません。
選択バイアス
例えば、選択バイアス。
当時のHPVワクチン接種率は高かったのですが、ワクチンを接種しなかった人はどのような特性の人たちだったのでしょうか。また、アンケート調査に協力しなかった人はどのような特性の人たちだったのでしょうか。
あくまでも可能性としてですが、ワクチン接種した人たちは、接種しなかった人たちに比べて健康に関心が高かった可能性があるでしょう。また、アンケート調査に協力した人たちは、HPVワクチンの健康被害に対して関心が高かった可能性があるでしょう。
研究は選ばれた人たちだけの結果ですから、解釈にはこうした影響に配慮する必要があります。
病者選択バイアス
論文中では「病者選択バイアス」(frailty selection bias)について考察されています。
これは、HPVワクチンを接種する人たちには健康な人が多いという選択バイアスのひとつです。たしかに、病気がちの人や体調が悪い人はワクチン接種を見合わせる可能性が高くなるでしょう。
これによってワクチン接種群での自覚症状が少なくなる、つまりオッズ比が小さくなる方向に作用する可能性があります。
情報バイアス
情報バイアスとは、測定するときに混入するバイアスです。
このアンケートの調査票見本がさきほど紹介した名古屋市のウェブサイトに公開されています。この質問2を引用させていただきます。
このような質問票となっています。
こうした質問票で何年も前の症状を正確に書けるものか、という問題があります。
診察室での問診でも、入院や手術をしたのがいつだったか、記憶が不正確な人がほとんど、いや、たいてい間違っているといってもいいくらい、不正確なものです。
症状が始まった時期の記憶を誤ってしまうと、たとえば接種前の症状を接種後と取り違えてしまえば、結果が違ってきてしまいます。
こうした、思い出しバイアスも考慮すべきでしょう。
交絡
ワクチン接種と自覚症状の間に介在する他の因子についても検討します。
調査結果では年齢の影響が大きかった *3 ため、年齢調整で結果が検討されています。
他にも考慮すべき交絡因子があるかもしれません。
こうした限界があることを理解して、結果をそのまま受け取るのではなく、慎重に分析・考察すべきでしょう。
少なくとも、この結果からHPVワクチンの安全性について結論づけるのは尚早でしょう。ひきつづき注視していきたいと思います。
HPVワクチンについて、こちらに詳しく載っています。さすがです。
ぼくの書いたHPVワクチン関連記事リンクを張っておきます。
ASIAはHPVワクチンで多く発生していた - 地域医療日誌
こんなにあったのか・・・。
*1:もはや何を書いたかわからなくなってきて、自分で検索しちゃってます。備忘録です。
*2:Suzuki S, Hosono A. No Association between HPV Vaccine and Reported Post-Vaccination Symptoms in Japanese Young Women: Results of the Nagoya Study. Papillomavirus Res. 2018 Feb 23. pii: S2405-8521(17)30070-8. doi: 10.1016/j.pvr.2018.02.002. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 29481964.
*3:年齢が高いほうが自覚症状が多く、ワクチン接種率も高かった。