地域医療日誌

新しい医療のカタチ、考えます

吸入ステロイドで身長が低くなりますか?

 

 気管支喘息の治療に使用する吸入ステロイド。

 小児でも長期間使用することがあるため、何か影響がないか、心配になる親御さんは多いようです。時々、身長などの発育に影響がないか、と質問されることがあります。

 改めて、確認しておくことにしました。

 

タイムリーな新聞記事

 ここまで書いたところで、ちょうどこんな記事が!

子どもの吸入ステロイド薬、慎重に 身長伸び抑える恐れ:朝日新聞デジタル

 日本小児アレルギー学会は、子どもの気管支ぜんそくの治療で広く使われている吸入ステロイド薬を、より慎重に使うよう注意喚起する声明を出した。副作用で子どもの身長の伸びを抑える可能性が、海外で報告されたためだ。ただ、治療の効果は大きいため、病状をこまめに調べて、使うのは必要最少量にすることを求めている。

 

 海外での報告は少し前。なぜ今になって声明?と思いながらも、まずは声明から確認してみることにします。

 

日本小児アレルギー学会の重要なお知らせ 

 声明はホームページにPDF公開されています。学会の「喘息治療・管理ガイドライン委員会」からの重要なお知らせとなっています。

日本小児アレルギー学会 - 吸入ステロイド薬 (inhaled corticosteroid; ICS)による小児喘息の長期管理について

 委員会名簿 日本小児アレルギー学会 - 各種委員会

利益相反指針 日本小児アレルギー学会 - 利益相反(COI)指針

 

 どんな内容なのか、今回の論点となる部分を抜粋・要約してみましょう。詳細は原文をご参照ください。

  • 吸入ステロイド薬の使用により成長抑制をきたす可能性が改めて報告され、2012年のガイドラインに意見が寄せられている。
  • 成長抑制のリスクを上回るベネフィットがなければならないが、吸入ステロイドは乳幼児を含めて喘息患児にリスクを上回るベネフィットをもたらす。
  • 吸入ステロイド薬の適切な使用が、重症患児の減少、発作による入院数の減少、喘息死の減少をもたらしたことは多くの臨床研究から間違いのない事実である。
  • 乳幼児の患児では、喘息の診断と重症度を厳密に判定する必要がある。
  • 中等度持続型(週1回以上の喘鳴)以上の重症度では、年齢に関わらず吸入ステロイド薬が第一選択。
  • 軽症持続型(月1回以上週1回未満の喘鳴)では第一選択薬がロイコトリエン受容体拮抗薬。
  • 乳児喘息の診断は広義のものであり、吸入ステロイド薬を用いて効果があれば早期に適量までステップダウンし、漫然と高用量で継続しないという考え方。

 

 声明は一般向けというよりは、学会員に向けられたものです。

 声明を出す経緯について推測すると、ガイドラインの吸入ステロイド薬に関する記載に対する意見(異議?)があり、ガイドライン委員会が見解を回答したもののように読めます。

 

2つの報告

 声明文の最後に、「問題提起の契機となった2つの報告について」とあり、引用文献が示されています。

Growth of preschool children at high ... [J Allergy Clin Immunol. 2011] - PubMed - NCBI

Effect of inhaled glucocorticoids in childhood ... [N Engl J Med. 2012] - PubMed - NCBI 

 

 せっかくですから、こちらも見ておきたいと思います。

 

年間1.5cm低くなる?

 まずは、2000年に発表された代表的なメタ分析から、確認してみましょう。

メタ分析(2000年)

Sharek PJ, Bergman DA. The effect of inhaled steroids on the linear growth of children with asthma: a meta-analysis. Pediatrics. 2000 Jul;106(1):E8. PubMed PMID: 10878177.

  • P▶ 小児の気管支喘息患者(軽症~中等症、18歳以下)に
  • E▶ 吸入ステロイドを3か月以上投与すると
  • C▶ プラセボに比べて
  • O▶ 身長の伸びる早さはどうなるか
  • T▶ 治療・副作用、メタ分析

《結果》※※

ベクロメタゾン(4研究の統合、対象患者450人)

-1.51 cm/年 (95%信頼区間:1.15, 1.87)

フルチカゾン(1研究、対象患者183人)

-0.43 cm/年 (95%信頼区間:0.01, 0.85)

 

 ランダム化比較試験を統合したメタ分析です。患者は6~16歳で、いずれも吸入ステロイド薬は7~12か月使用されています。用量はベクロメタゾンが328~400μg/日、フルチカゾンは200μg/日となっています。(商品名はベクロメタゾンはキュバール、フルチカゾンはフルタイドです。)

 

 フルチカゾンは研究数が少ないため、身長への影響がより少ないのか、偶然の結果なのか、これだけで結論づけることはできません。

 

 この時点ではまだ研究数が少なかったようですが、結果は一貫して吸入ステロイド薬によって身長の伸びる早さは遅くなっていた、という結果となっています。半年以上使用されている場合には影響がありそうです。

 さらに長期の場合にはどうか(差がさらに大きくなっていくのか、小さくなるのか)、短期の使用では影響があるのか、用量についてはどうか、についても、このメタ分析だけではよくわかりません。

 

 すでに2000年の時点でもこのような結果が出ていましたが、新しい研究ではどのような目的で行われたのでしょうか?話題になるような追加情報があったのでしょうか?さらに見ていきたいと思います。

 

問題の契機となった2つの報告 

 次に、声明文に引用され「問題の契機となった」とされる2つの論文を見ていきましょう。

コホート研究(CAMP, 2012年)

Kelly HW, Sternberg AL, Lescher R, et al; CAMP Research Group. Effect of inhaled glucocorticoids in childhood on adult height. N Engl J Med. 2012 Sep 6;367(10):904-12. doi: 10.1056/NEJMoa1203229. Epub 2012 Sep 3. PubMed PMID: 22938716; PubMed Central PMCID: PMC3517799.

  • P▶ 軽度から中等度の気管支喘息がある5~13歳の小児に
  • E▶ 吸入ステロイド薬ブデソニドを400μg/日(ドライパウダー、1日2回)吸入または抗ロイコトリエン薬ネドクロミル16 mg/日(MDI、1日2回)吸入すると
  • C▶ プラセボに比べて
  • O▶ 成人の身長は低くなるか
  • T▶ 害、ランダム化比較試験→コホート研究

《結果》※

 ランダム化比較試験に参加した1041人のうち、943人(90.6%)の成人身長が確認された。成人身長は平均年齢24.9±2.7歳で判定。

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 この研究は吸入ステロイドによる成人身長までの長期的影響を検討するため、ランダム化比較試験(平均追跡期間4.3年)の実施後、さらに観察期間を12.5年まで設定して追跡した研究です。

 最初のランダム化比較試験(CAMP, 2000年)については、あとで取り上げる予定です。

 

 ブデソニド(商品名ではパルミコート)で検討されていますが、プラセボに比べて最終身長は1.2cm(95%信頼区間 1.9~0.5cm)低かった、という結果となっています。

 

 吸入ステロイドの影響は、吸入終了後だけではなく、長期にまで身長への影響は残る可能性が示唆されています。

コホート研究(PEAK, 2011年)

Guilbert TW, Mauger DT, Allen DB, et al; Childhood Asthma Research and Education Network of the National Heart, Lung, and Blood Institute. Growth of preschool children at high risk for asthma 2 years after discontinuation of fluticasone. J Allergy Clin Immunol. 2011 Nov;128(5):956-63.e1-7. doi: 10.1016/j.jaci.2011.06.027. Epub 2011 Aug 4. PubMed PMID: 21820163; PubMed Central PMCID: PMC3224818.

  • P▶ 喘鳴を繰り返す2~3歳の小児に
  • E▶ 吸入ステロイド薬フルチカゾン(チャンバー使用)またはFlovent®(MDI)吸入を2年間行うと
  • C▶ プラセボに比べて
  • O▶ 吸入終了2年後の身長は低くなるか
  • T▶ 害、ランダム化比較試験→コホート研究

《結果》※

285人のうち204人を検討(脱落のため)

ベースラインからの身長の伸び(95%信頼区間)

24か月後

吸入ステロイド 12.6cm (12.2, 13.0)

プラセボ 13.5cm (13.2, 13.9)

両群の差 −0.9cm (−1.4, −0.4)

48か月後

吸入ステロイド 25.7cm (25.0, 26.3)

プラセボ 25.9cm (25.3, 26.5)

両群の差 −0.2cm (−1.1, 0.6)

 

 こちらの研究も2年間のランダム化比較試験終了後、さらに2年間の観察期間を設けて身長への影響を検討しています。吸入ステロイド薬はフルチカゾン(商品名フルタイド)が使用されています。

 

 こちらの研究では、介入終了2年後では介入直後に比べて両群の身長差は小さくなっていた、という結果となっています。

 

長期の影響ははっきりしない

 これらの研究からは、小児に吸入ステロイド薬を長期間使用すると、身長の伸びが小さくなる傾向があることが指摘されています。

 

 しかし、吸入ステロイド薬中止後長期にわたって影響がどの程度残るかについては、結論が一致していないようです。徐々に影響がなくなり身長差が小さくなるのか、成人まで影響が残るのか、はっきりしたいところですが、結論づけるにはもう少し判断材料が必要でしょう。

 

身長か入院か?

 吸入ステロイドを使用すると、身長が伸びる早さが遅くなることが明らかになってきました。しかし、吸入ステロイドを使用しなければ、発作や救急受診・入院・死亡が増えるのではないでしょうか?

 

 身長が低くならないかわりに、頻繁に入院が必要になるとしたら、その悪影響は無視できるものではないでしょう。効果と害のバランスを見極めなくてはなりません。

 

 前述したPEAK, 2011年では、喘息発作が二次アウトカム(副次評価項目)として加えられていました。定義は以下の通り。

An exacerbation was defined as the need for a prednisolone course to control asthma-like symptoms as directed by protocol.

 

 詳細なデータが記載されていないようですが、本文中にこのような記載があります。

Thus, a higher relative ICS exposure resulted in an increased risk of less linear growth in the younger children of lesser weight without a correspondingly greater clinical benefit in symptom control or exacerbations.

 

 吸入ステロイドを使用しない群でも発作が増加するなどの不利益がなかったように記載されています。

 

 前述したCAMP, 2012年は、ランダム化比較試験(本研究)終了後、成人までの身長の伸びを検証することを目的とした追跡調査でした。本研究(CAMP, 2000年)では、吸入ステロイドの効果について検討されています。この論文の結果はどうなっていたのか、見ていきましょう。

ランダム化比較試験(CAMP、2000年)

Long-term effects of budesonide or nedocromil in children with asthma. The Childhood Asthma Management Program Research Group. N Engl J Med. 2000 Oct 12;343(15):1054-63. PubMed PMID: 11027739.

  • P▶ 軽度から中等度の気管支喘息がある5~13歳の小児に
  • E▶ 吸入ステロイド薬ブデソニドを400μg/日(ドライパウダー、1日2回)吸入または抗ロイコトリエン薬ネドクロミル16 mg/日(MDI、1日2回)吸入すると
  • C▶ プラセボに比べて 
  • O▶ 気管支拡張薬吸入後の1秒量(FEV1、予測に対する%)は改善するか
  • T▶ 治療、ランダム化比較試験

《結果》※※

 1041人の小児(平均4歳)が対象、平均追跡期間は4.3年。

気管支拡張薬吸入後の1秒量(FEV1、予測に対する%)は

 ブデソニド(n=311)0.6%

 ネドクロミル(n=312) -0.5%

 プラセボ(n=418) -0.1%

群間に有意差なし。

 

 一次アウトカムが肺機能検査の計測値という代用のアウトカムの研究デザインとなっています。これではよくわかりません。

 

 症状については、一次アウトカムではありませんが、以下のように評価されています。

The children (or their parents or guardians) completed a diary card each day that recorded night awakenings due to asthma, morning and evening peak flows as measured by a peak-flow meter (Assess, HealthScan Products, Cedar Grove, N.J.), use of study medication, use of albuterol for symptoms and to prevent exerciseinduced bronchospasm, use of prednisone, absences from school due to asthma, visits to a physician’s office or hospital because of asthma, and severity of symptoms.

 

 結果をTable2から抜粋してみました。

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 プラセボと比較して、ブデソニド群では入院が43%少なく、発作による救急受診が45%少なく、ステロイド全身投与が43%少なかった、という結果です。死亡については検討されていません。

 

 身長の伸びを恐れて吸入ステロイドを使用しなければ、発作のリスクが高まる、ということになります。当然の結果かもしれません。

 

 治療はトレードオフ。究極的にはどちらをとるかの選択になるでしょうが、効果と害をよく天秤にかけて検討する必要があるかもしれません。

 

 少なくとも、発作がおきているのにあえて吸入ステロイドの使用を控えるということは危険な判断のように思えます。

 

吸入ステロイドで身長が低くなりますか?

  • 気管支喘息の小児に長期間(少なくとも半年以上)吸入ステロイドを使用すると、1cm程度身長の伸びが少なくなる可能性が複数の研究で確認されている。
  • 吸入ステロイドを中止後にもその影響が残るかどうかについては、一致した見解とはなっていない。
  • 吸入ステロイドを使用することで、喘息発作や救急受診・入院が少なくなることは明らかである。
  • 吸入ステロイドを使用する際には、症状が安定しているにも関わらず漫然と長期にわたって継続することのないよう、注意が必要である。

 

2016年4月30日一部改訂:4つの記事をひとつに統合しました。

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