「長時間働くと・・・」シリーズをもう少し。過去の記事もごらんください。
医療現場での研究
労働時間と事故との関係については、医療現場での研究が多数あります。過去13年間に起きた545件のけがを、勤務形態別に検討した米国での研究をご紹介します。
後向き研究(2009年)
Dembe AE, Delbos R, Erickson JB. Estimates of injury risks for healthcare personnel working night shifts and long hours. Qual Saf Health Care. 2009 Oct;18(5):336-40. PubMed PMID: 19812094.
- P▶ 業務上のけがをした医療専門職の人で
- E▶ 労働時間が長いことは
- C▶ 通常勤務に比べて
- O▶ 予後因子となるか
- T▶ 予後、後向き研究
《結果》※※
特に週60時間以上の勤務になると、通常勤務に比べて2.02倍(95%信頼区間 1.19~3.42)と、業務上のけがが多くなっています。また1日12時間以上の勤務でも1.22倍と多い傾向がみられています。
この研究では2時間以上の長時間通勤をしている人についても検討されていますが、業務上のけがが1.22倍と多い傾向がみられています。
通勤中の交通事故の研究はほかにも複数あります。夜勤後の看護師、長時間勤務後の研修医には交通事故が多いという報告もあります。
研修医の労働時間と医療事故
研修医の労働時間と医療事故についてのランダム化比較試験がありますので、ご紹介したいと思います。
重大な医療事故とは
まずは、用語の定義について確認しておきたいと思います。報道でよくみられる「医療ミス」という用語が報道ではよく使われますが、その定義が曖昧であったり、定義の誤りがしばしばみられるからです。
今回紹介する研究では、このような定義となっています。
医療事故(medical error)
- 医療行為の中でのすべての誤り。有害であるか否かは問わない。
重大な医療事故(serious medical error)
- 害があったか、害を及ぼす可能性がある医療行為の誤り。
- 害を及ぼす可能性がほとんどないものや避けられない有害事象(unpreventable adverse event)は含まない。
- 例:研修医が患者の左側の胸腔穿刺をしようと準備している時に、上級研修医が部屋に入ってきて、胸水があるのは右側だと情報提供した。
- 例:研修医がバソプレシンの点滴静注を0.2 U/分(10倍量)で指示したが、看護師がその指示を阻止して0.02U/分に変更した。
- 例:研修医が患者に薬物アレルギーのある抗菌薬を投与指示。1回投与されてから気づいたが、患者本人にはアレルギー症状が出なかった。
つまり、この研究で取り扱う「重大な医療事故」とは、もし実施されていたら害を及ぼしていた可能性があるものですが、実際には実施されなかった指示や、患者に実害がなかったものも含まれています。
医療現場では、実際には事故がおきていなくても、重大事故に至る可能性がある潜在的事象を「インシデント」と呼んで重視します。これは、将来の医療事故を未然に防ぐための安全文化です。
本研究では、このようなインシデントも重大な医療事故とカウントしている、ということを確認したところで、内容をみていきましょう。
ランダム化比較試験(2004年)
Lockley SW, Cronin JW, Evans EE, Cade BE, Lee CJ, Landrigan CP, Rothschild JM, Katz JT, Lilly CM, Stone PH, Aeschbach D, Czeisler CA; Harvard Work Hours, Health and Safety Group. Effect of reducing interns' weekly work hours on sleep and attentional failures. N Engl J Med. 2004 Oct 28;351(18):1829-37. PubMed PMID: 15509816.
- P▶ 集中治療室や冠動脈疾患集中治療室をローテート研修する研修医が
- E▶ 新しい(24時間以上の勤務をなくし、勤務時間を週63時間におさえる)シフト勤務をすると
- C▶ 従来の(2日おきに24時間以上の勤務が入る)シフト勤務に比べて
- O▶ 重大な医療事故は少ないか
- T▶ 介入、ランダム化比較試験
《結果》※※※
医療事故の評価はマスキングされている。
患者の観察期間:2,203人日、入院数634人
研修医の直接観察期間:5,888時間
重大な医療事故
新しいシフト勤務 91件(1,000人日当たり100.1)
従来のシフト勤務 176件(1,000人日当たり136.0)
従来のシフト勤務のほうが重大な医療事故が35.9%多い。(p<0.001)
長時間労働で重大事故36%多い
前回の後向き研究に比べてやや控えめな結果となっていますが、やはり長時間労働で事故が多いことは、医療現場での研究では明らかになっています。
この研究はランダム割付で行われてしまっていますが、労働時間に関するランダム化比較試験は長時間労働へ割付しなければならなくなることから、倫理的にも制約がかかり実施は困難になっているのではないでしょうか。それだけに、これは貴重な研究といえるかもしれません。
それでは、医療現場以外の研究はどのようになっているでしょうか。
いろいろな職種での長時間労働
2011年に長時間労働と事故のシステマティック・レビューが発表されています。
システマティック・レビュー(2011年)
Wagstaff AS, Sigstad Lie JA. Shift and night work and long working hours--a systematic review of safety implications. Scand J Work Environ Health. 2011 May;37(3):173-85. doi: 10.5271/sjweh.3146. Epub 2011 Feb 3. Review. PubMed PMID: 21290083.
- P▶ いろいろな職種の労働者で
- E▶ 夜間シフト勤務や長時間勤務の人は
- C▶ 通常勤務に比べて
- O▶ 業務関連外傷・事故が多いか
- T▶ 予後、システマティック・レビュー
《結果》※
横断研究、生態学的研究、コホート研究、ランダム化比較試験を含む14文献が対象。
勤務体制ごとの業務関連外傷・事故の相対危険
95%信頼区間については原著論文に記載されていますので、結果(図)をご覧ください。
8時間以上のシフト勤務、12時間以上のシフト勤務、ローテートシフト勤務のいずれについても、業務上の外傷・事故の危険性が1.3~2.3倍になる、という結果になっています。
これまで紹介してきた医療現場での研究とあまり変わらない傾向となっているようです。
職場での対策は必要不可欠ですが、長時間労働の方は健康管理だけではなく、事故にもご注意ください。
長時間働くと事故を起こしやすくなりますか?
- 医療現場での報告は多い。
- 長時間労働や連続勤務では少なくとも3割から2倍程度事故が多くなる。