地域医療日誌

新しい医療のカタチ、考えます

無益性の拡大解釈のゆくえ

f:id:cometlog:20170411115011j:plain

 

 いろいろと取りかかっている他の仕事に気をとられ、久しぶりにブログに戻ってきました。(ストック記事の予約投稿でブログは定期配信されています。)

 

地殻変動がはじまっている 

 最近ちょっと気になる記事が、ポロポロと出てきています。医療現場で何かが動きはじめている、ということに気づいておられる方もおられることでしょう。

 おそらく、起こるべくして起きている地殻変動のはじまりでしょう。医療現場では限界がきています。

 

終末期の蘇生中止

 まずは、こちらのニュースから。

 

 一部を引用させていただきます。

病気などで終末期にある人が、積極的な治療を望まないのに救命措置などを受けるケースが少なくないとして、日本臨床救急医学会は、心肺停止の状態の患者について救急隊員がかかりつけ医などを通じて意思を確認できた場合は、救命措置を取りやめることができるなどとする提言をまとめました。

終末期の人の中には回復が見込めず、積極的な治療を望まない人もいますが、容体が急変した際に医療機関に搬送されて、救命や延命の措置が取られるケースも少なくありません。 このため、日本臨床救急医学会は、末期がんや高齢などで終末期にある人が心肺停止の状態になった場合の救急搬送に関する提言をまとめ、7日に公表しました。

提言では、救急隊員が駆けつけた際には心肺蘇生などの救命措置を取ることを原則としたうえで、かかりつけ医などに連絡して、救命措置を望まないという患者の意思を確認できた場合は、搬送や救命の措置を取りやめることができるなどとしています。 さらに、その場合に備えて救命措置などを望まないという意思を救急隊員が確認できるよう、事前にかかりつけ医のほか、本人または家族の署名入りの書面を作成しておくよう求めています。

日本臨床救急医学会の坂本哲也代表理事は「提言は強制的なものではなく、今後の議論のきっかけにしてもらうためにまとめた。人生の最終段階をどう迎えるか一人一人が向き合う時期に来ている」と話しています。

 

「終末期で回復が見込めず、かつ、積極的な治療を望まない人」という限定的な対象者において、それも本人の意思が確認された場合、という条件付きの指針、ということになります。

 あくまでも、「望まれない救命措置」を控える、という提言になっているわけです。

 

 医療現場ではこうした事例があとを絶ちません。

 救急車を呼んで救命措置が始まってしまうと、本人の意思に関わらず、誰にも望まれない医療行為を止めることが難しい、という現状を打開するための提言ということになるでしょう。

 本人の意思を尊重する、という視点からは、前進と言えるでしょう。

 

無益性の拡大解釈が拡がる懸念

 この提言に対して、日本集中治療医学会からの調査結果が紹介されています。

日本集中治療医学会は、心肺蘇生措置の取りやめについて去年、全国の救急医などを対象に、医療現場でどのように判断が行われるのかアンケート調査を行い、700人近くから回答を得ました。

アンケートでは、重い心臓病の患者のケースで、本人の希望によって心肺蘇生措置を行わないと主治医から指示が出ている場合、仮に病気の進行によってではなく検査の合併症で出血が起き、心停止したら、蘇生措置を行うかどうか質問しました。 通常は、措置によって回復するため心肺蘇生を行うべきケースで、8割の医師は実際に行うと答えましたが、2割近い医師は行わないと答えました。理由としては挙げたのは、患者が高齢であることや、運動機能が低下していることなどでした。また医師の中には、心停止した場合に、電気ショックなどの心肺蘇生措置を行わないでほしいという意思表示をしているのに、心停止を起こしていない段階で心肺蘇生措置以外の酸素投与や栄養の点滴などを差し控えると答えた医師もいました。

アンケート調査を行った学会の委員会の委員長を務める北海道大学病院の丸藤哲教授は、「心肺蘇生を希望しないという意思表示は、医療現場で誤用されたり不適切に拡大解釈されるおそれのあることが調査からわかった」と話しています。そのうえで、「助かる命を助けないという事態につながらないよう慎重に対応すべきで、国民全体がこうした意思表示について関心を持ち、考えることが大切だ」と話しています。

 

 以前ぼくのブログ記事 誰にとって無益なのか? - 地域医療日誌 でも指摘した現象「無益性の拡大解釈」が、医療現場やその手前の蘇生措置現場で現実に起こりはじめていることを如実に示す調査結果となっています。

 

 終末期の人に対する望まれない救命措置を控えることができる、というオプションができた途端、それが拡大解釈されていくのではないか、という懸念です。

 終末期という定義自体が不確かなものですから、拡大解釈されていく余地が十分あります。

 

すべり坂

 この現象はぼくも注目していますが、「地域医療ジャーナル」にも記者としてご寄稿いただいている spitzibaraさんが追いかけておられます。

 この現象を「すべり坂」という表現で書かれています。

blogs.yahoo.co.jp

 こちらもぜひどうぞ。

cmj.publishers.fm

 

 世の中はどんどん医療を控える方向に加速しているように見えます。

 

無益性の定義

 医学的な無益性の定義についても、最近 spitzibaraさんがブログ記事を書かれています。

blogs.yahoo.co.jp

 2015年の米国胸部学会のガイドライン*1 が紹介されています。一部引用します。

  • 医師には相反する倫理的な考察を経ても行うべきでないと思われる治療に、患者が求めている効果が少なくとも何がしかはもたらされる可能性があるなら、その治療には「無益」ではなく「潜在的に不適切」という形容を用いるべき。
  • 「無益」という文言の使用は、求められている介入では意図される生理学上の目的の達成はありえない、という稀な状況にのみ限定されるべきである。

 

「無益」については厳格な定義づけを求めており、無益性の合意が難しい場合には「潜在的に不適切」というコトバで区別して対処する、と示されています。

 すでに無益性の拡大解釈に対して釘を刺すガイドラインとなっており、評価できるものでしょう。 

 

 ガイドラインの前提として、このように書かれています。再び翻訳部分を引用します。

治療をめぐる意思決定の全権を患者または代理決定者あるいは個々の医師のいずれかに与えることは、倫理的に許容できない。そうではなく、医師と患者または代理決定者が共に協働して治療をめぐる意思決定を行うべきであり、意見が相違する場合には、専門家のコンサルテーションを入れるなど、話し合いによって合意に至る努力を、まずは強化すべきである。解決困難な争議に発展するような稀な事例では、医師はプロセス重視のアプローチによって解決を目指すべきである。

 

 少なくとも、医者が密室で一方的に無益性を判断するという行為は倫理的に許容されません。

 忙しい臨床現場でどのように話し合い、合意していくか。倫理的姿勢が求められています。

 

つづく 

7年猶予で本当にいいですか? - 地域医療日誌

*1:Bosslet GT, Pope TM, Rubenfeld GD, Lo B, Truog RD, Rushton CH, Curtis JR, Ford DW, Osborne M, Misak C, Au DH, Azoulay E, Brody B, Fahy BG, Hall JB, Kesecioglu J, Kon AA, Lindell KO, White DB; American Thoracic Society ad hoc Committee on Futile and Potentially Inappropriate Treatment.; American Thoracic Society.; American Association for Critical Care Nurses.; American College of Chest Physicians.; European Society for Intensive Care Medicine.; Society of Critical Care.. An Official ATS/AACN/ACCP/ESICM/SCCM Policy Statement: Responding to Requests for Potentially Inappropriate Treatments in Intensive Care Units. Am J Respir Crit Care Med. 2015 Jun 1;191(11):1318-30. doi: 10.1164/rccm.201505-0924ST. PubMed PMID: 25978438.

 Copyright © 2003, 2007-2021 地域医療ジャーナル