アズノール信仰
医療や介護職からなぜか熱狂的な支持を集めている、青いぬり薬があります。どのくらい使われているのか調べてはいませんが、本当によく見かけます。そしてなぜか、まるでその薬を使うのが当然であるかのように、言われるのです。
「なくなったので、また処方してください。」
この青いぬり薬とは、「アズノール軟膏」です。
なぜこれほどまでに、熱狂的な支持を集めているのでしょうか。
経験的に使われる薬には、人気の理由があるはずです。
それが「主観的有効性」であることもあるでしょう。言うまでもありませんが、あくまでもそれは個人の感想に過ぎず、科学的な効果の証明にはなりません。
アズノールには一体何が入っているのでしょうか?添付文書を確認。
組成
本剤は300g中、ジメチルイソプロピルアズレン0.1gを含有する。
添加物
精製ラノリン、白色ワセリンを含有する。
主成分のジメチルイソプロピルアズレンが300g中に0.1g入っています。0.033%ということになります。
そんなに少ないのか、とちょっと拍子抜けですが、効果は検討されているのでしょうか。
まずは疑問を定式化して整理します。「湿疹患者の湿疹部にアズノール軟膏をぬると、プラセボに比べて、湿疹は改善するか」という疑問になるでしょうか。
添付文書には下記のような記載があります。
臨床成績
各種皮膚疾患に対するアズノール軟膏0.033%の臨床試験成績は、次のとおりである。
有効例数/効果判定例数(有効率%)
湿疹 109/180(60.6)
皮膚炎 130/162(80.2)熱傷(火傷) 26/29(89.7)
びらん性皮膚疾患 14/16(87.5)
潰瘍性皮膚疾患 32/37(86.5)薬効薬理
1. 抗炎症作用 ジメチルイソプロピルアズレンは皮下及び腹腔内投与により、デキストラン浮腫、ヒアルロニダーゼ浮腫、ホルマリン浮腫(ラット1),2))を、また塗布により、紫外線紅斑(ウサギ3))、クロトン油皮膚炎(ウサギ3))、テレビン油皮膚炎(マウス3))、熱性炎症(マウス4))を抑制する。2. ヒスタミン遊離抑制作用 各種ヒスタミン遊離物質によるラット組織のヒスタミン遊離を抑制する。その作用機序は、下垂体-副腎系を介するものでなく、組織細胞に対する直接的な局所作用であると考えられている1)。
3. 創傷治癒促進作用 塗布により、機械的皮膚剥離、火傷等の実験的創傷に対し治癒促進作用を示す(ウサギ3))。 4. 抗アレルギー作用 腹腔内投与及び塗布により受動性皮膚過敏反応を軽減する(ラット1))。
臨床試験の結果が記載されていますが、引用文献はありません。有効率が示されていますが、これは対照群のある比較試験ではないようです。他に引用されている薬理薬効は、すべてラットやウサギなどの動物実験の成績のみです。
臨床試験データについては、製薬会社に確認してみたいところです。
ジメチルイソプロピルアズレンでは14件のみ
PubMed検索してみました。用語は"dimethy isopropylazulene"のテキスト検索。
結果はこちら。
絞り込みなしのテキスト検索でも14件のみという、惨憺たる結果でした。湿疹に対するものは、1958年の報告 *1 のみで、該当する報告はありませんでした。
日本の研究では1959年の報告 *2 が検索されましたが、これも比較試験ではありません。
残念ながら、ランダム化比較試験などによって効果が証明されたという形跡はないようです。(研究の価値があるかもしれません。)
カモミール茶で総死亡が少ない?
この日本の研究の「まえがき」は、以下のように始まります。
湿疹に対してカミツレ浴が有効であることは古くから知られていたが、近年この薬効成分について多くの薬理学的研究がなされ、その有効成分であるアズレンが強力な消炎、肉芽、表皮形成促進作用、抗アレルギー作用を有することが明らかになった。
Walfgang, Helliegerなどはアズレン軟膏を臨床的に使用して放射線に基づく皮膚炎症にたいして有効であると報告している。
カミツレとはキク科のカモミールのことで、古くから広く利用されているハーブのひとつです *3。4千年以上前のバビロニアで薬草として用いられていたといわれ、ヨーロッパで最も歴史のある民間薬のようです。
それでは、"chamomile"では論文があるのでしょうか?
PubMed検索したところ、なんと782件がヒットしました。そして、その中に驚くべき論文を見つけました。
もう湿疹の治療どころではありません。さっそく吟味してみたいと思います。
前向きコホート研究(Howrey, 2015) *4
研究の概要
65歳以上のメキシコ系アメリカ人のうちでカモミール茶をのむ人は、カモミール茶をのまない人に比べて総死亡は少ないか、を検討した治療に関するコホート研究です。
主な結果
対象は1,677人で追跡期間は2000-2007年。
死亡の調整ハザード比 *5は以下の通り。
- 全体 644人/7,824人年 0.78(95%信頼区間 0.60-1.02)
- 女性 365人/4,940人年 0.72(95%信頼区間 0.53-0.98)
- 男性 279人/2,884人年 0.86(95%信頼区間 0.56-1.31)
カモミール茶で女性の総死亡は28%少ない
カモミール茶の摂取量と総死亡の関係についてのコホート研究でした。総死亡が22%少ない傾向がみられており、特に女性については顕著です。
日本人の緑茶の研究結果も同様に女性において総死亡が少ない傾向がみられていますが、それと同じような結果になっている、と考察で触れられています。その原因については、よくわかっていないようです。
これはあくまでも観察研究ですから、この結果が真実なのか、交絡なのか、わかりませんが、今後のランダム化比較試験に期待したいところです。
結局、本来の疑問からは脱線してしまいました。アズノールの効果についてははっきりしませんでしたが、その薬効成分が含まれているハーブのカモミールには少なくとも何らかの効果があるようです。
湿疹といえばあの青いぬり薬ですか?
- ジメチルイソプロピルアズレンについては、効果を検証した比較試験の報告はみあたらなかった。
- 薬理効果としては、動物実験で確認されているらしい。
- ジメチルイソプロピルアズレンが含まれるカモミール茶をのむ女性は総死亡が28%少ないというコホート研究がある。
- 信望されているわりに効果がはっきりしないアズノールよりも、カモミール茶のほうがましかもしれない。
*1:NOCKER J, SCHLEUSING G. [Effect of 1,4-dimethyl-7-isopropylazulene on ultraviolet erythema of the skin]. Munch Med Wochenschr. 1958 Mar 28;100(13):495-7. German. PubMed PMID: 13541313.
*2:森部 洋一 [他]. アズノール軟膏による湿疹の治療成績. 臨床皮膚泌尿器科 1959; 13(1): 90-92.
*4:Howrey BT, Peek MK, McKee JM, Raji MA, Ottenbacher KJ, Markides KS. Chamomile Consumption and Mortality: A Prospective Study of Mexican Origin Older Adults. Gerontologist. 2015 Apr 29. pii: gnv051. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 26035879.
*5:Adjusted for education, financial strain, hypertension, heart attack, arthritis, smoking, and alcohol use.