前回の記事 熱中症予防に食塩をとったほうがいいですか? - 地域医療日誌 のつづき記事です。諸事情により、もったいぶってすみません・・・。
熱けいれんに食塩水が有効?
熱中症予防ではなく、熱けいれんの治療に等張~高張食塩水の経口摂取や電解質補充が有効、という文献があるようです。
その参考文献が何と、1933年の論文であったことが判明!
さっそく論文を確認してみました。そんな古い論文も、難なくPDFで確認できてしまうなんて、すごい時代ですよね。(論文偽造なんてできませんよ?)
おそらく当ブログで紹介する最古の論文です。
症例集積研究(Talbott, 1933年) *1
1932年夏季のダム工事作業者2,500人のうち、熱中症で入院した7人(うち5人が熱けいれん、2人が熱疲弊)について、治療経過が検討されています。
最近の論文とは形式がずいぶん違います。18ページの論文ですが、現地の気温の推移や全症例の臨床経過まで記載されています。
症例集積研究という分類になるでしょう。
実施した血液尿検査結果の詳細も記述されています。血清塩化物(chloride)の推移では、熱けいれんを起こさなかった2人では低下がなく、残りの5人では低下がみられています。
さらに、この5人については塩化ナトリウムの投与によって、尿中塩化ナトリウム排泄量が増え、血清塩化物が改善していることが確認されています。
つまり、
- 熱けいれんを起こした5人で、血清塩化物が低下(起こしていない2人では低下していない)
- 塩化ナトリウムの補充によって症状やデータが改善
- よって、熱けいれんの治療に塩化ナトリウムが有効である
という論理になっています。
3た論法だった
これは有名な、いわゆる「3た論法」です。検索していただくと、解説はたくさんあると思います。代表的なものとして、朝日新聞のウェブサイトから引用いたします。
「3た」論法という論法を聞いたことがありますか。代表的な例としてよく取り上げられるのは、「雨乞いをした、雨が降った、ゆえに雨乞いは効いた」があります。3つのフレーズの最後が「た」で終わっているため、「3た」論法と呼ばれるのです。
雨乞いなどという非科学的なもので、雨が降るはずがない、と多くの人が感じるでしょう。しかし、雨乞いの踊りや太鼓、お祈りは、いつまでも続けることができます。ですから、根気よく雨乞いを続けていれば、いずれ雨は降ってくるのです。ですから、「3た」論法を使うと、どんな雨乞いも有効であると言えてしまうのです。
馬鹿げていると感じる人も多いかと思いますが、実は、この「3た」論法は、薬の効果を評価する方法として、50年以上前には普通に用いられていました。「薬を使った、病気が治った、ゆえにその薬は効いた」といった具合です。しかし、現在では、この論法で薬の効果を評価することはありません。なぜならば、「3た」論法の最大の問題点は、薬を飲まなくても病気は治ったかもしれない可能性があることです。
確かに、改善した5人では等張~高張食塩水の経口摂取や電解質補液などが行われているのですが、そうしなくても治った可能性、という点については不明確です。
効果があると判断するには、たとえば、このような疑問に答えられなければなりません。
「塩化ナトリウムの治療をしなかった場合にはよくならなかったのか?」
「治療をしてもよくならなかった人はいなかったのか?」
今なら、このような3た論法の論文を治療効果の根拠として採用することはないでしょう。少なくともこの論文からは、熱けいれんに対して食塩は有効かどうか判断することはできません。
2014年のレビューに、こうした80年前の論文が引用されてしまっていることから、おそらく他にまともな研究がない、ということなのでしょう。
熱けいれんの治療でさえも結論が出ていないのですから、まして熱中症の予防になんて、ほんとに効果があるのでしょうか?
もうちょっと調べてみたいと思います。
*1:Talbott JH, Michelsen J. HEAT CRAMPS. A CLINICAL AND CHEMICAL STUDY. J Clin Invest. 1933 May;12(3):533-49. PubMed PMID: 16694141; PubMed Central PMCID: PMC435921.