質問
高齢者の肺炎では、痰の吸引をしたほうがよいですか?
医療行為は拡大適用される
たんの吸引は、気管切開などを行い、人工呼吸管理中の人などに対して行われる医療行為です。かつては病院の集中治療室など特殊な条件下での行為でしたが、最近では施設や在宅でもよく行われるようになってきました。
人工呼吸管理のままで自宅生活を送っている人もいます。今後さらに増加するでしょう。
人工呼吸管理をしている人のたん吸引については、呼吸器関連肺炎の予防効果がある程度あったかと思います。(ここについては、またいずれ記事化したいと思います。)
このような医療環境下において、たんの吸引という医療行為が徐々に普及し、一般化しつつあるように思えます。
さて、医療行為は普及すると拡大適用される、という特徴があります。
特徴というか、医療者がそのようにしている、あるいは患者が望む、ということだろうと思います。
たんの吸引についても、例外ではないでしょう。
たんからみで困っている患者、吸引器、吸引ができる人、という三要素がそろったとき、たんの吸引をしたほうがよいという判断がなされやすくなります。
例えば、誤嚥性肺炎。
たんからみがひどく、「吸引してよいですか?」と聞かれることがあります。
確かにねばっこいたんがのどや気管の周辺にくっついてとれない違和感、息苦しい、せきが止まらない、という症状はつらいものです。
このような場合の口や鼻からの吸引については、どうでしょうか。思わずやってしまいたくなる、ということが現状でしょう。
喀痰吸引 48点
保険診療ではどのように規定されているのでしょうか。 *1
J018 喀痰吸引(1日につき) 48点
注
1 間歇的陽圧吸入法又は人工呼吸と同時に行った喀痰吸引の費用は、それぞれ間歇的陽圧吸入法又は人工呼吸の所定点数に含まれるものとする。
2 6歳未満の乳幼児の場合は、75点を加算する。
3 区分番号C103に掲げる在宅酸素療法指導管理料、区分番号C107に掲げる在宅人工呼吸指導管理料、区分番号C109に掲げる在宅寝たきり患者処置指導管理料又は区分番号C112に掲げる在宅気管切開患者指導管理料を算定している患者に対して行った喀痰吸引の費用は算定しない。
通知
(1) 喀痰の凝塊又は肺切除後喀痰が気道に停滞し、喀出困難な患者に対し、ネラトンカテーテル及び吸引器を使用して喀痰吸引を行った場合に算定する。
(2) 喀痰吸引、内視鏡下気管支分泌物吸引、干渉低周波去痰器による喀痰排出、間歇的陽圧吸入法、鼻マスク式補助換気法、体外式陰圧人工呼吸器治療、高気圧酸素治療、インキュベーター、人工呼吸、持続陽圧呼吸法、間歇的強制呼吸法、気管内洗浄(気管支ファイバースコピーを使用した場合を含む。)、ネブライザー又は超音波ネブライザーを同一日に行った場合は、主たるものの所定点数のみにより算定する。
(3) 区分番号「C103」在宅酸素療法指導管理料、区分番号「C107」在宅人工呼吸指導管理料、区分番号「C109」在宅寝たきり患者処置指導管理料又は区分番号「C112」在宅気管切開患者指導管理料を算定している患者(これらに係る在宅療養指導管理材料加算又は特定保険医療材料料のみを算定している者を含み、入院中の患者を除く。)については、喀痰吸引の費用は算定できない。
保険請求上の制約はありますが、疾患等については「喀痰の凝塊又は肺切除後喀痰が気道に停滞し、喀出困難な患者」となっており、これ以上の制約はありません。
1日あたり480円という料金が設定されていますが、規定された治療行為や管理料などが算定されている場合には、費用の追加請求はできないということになっています。
頻回に吸引が必要になることもありますので、費用請求の問題は無視できません。何度やっても1日あたりの算定で、算定できないことも多い、という点をまずはおさえておきたいと思います。
吸引の効果は研究なし
それでは、市中肺炎や誤嚥性肺炎についての喀痰吸引の効果は検討されているのでしょうか。調べてみました。
信頼できる情報源、DynaMed、UpToDateには記載がありませんでした。
そこで、PubMed Clinical Queriesを検索。用語はsuction、pneumonia、community-acquired pneumonia、aspiration pneumoniaなどの組み合わせで検索しましたが、該当論文はヒットせず。
最後にPubMedテキストサーチも試してみましたが、該当論文がみつかりませんでした。あまり研究がなされていないようです。
物理療法の効果は?
かわりに、肺炎の物理療法(physiotherapy)全般を扱ったコクランのメタ分析が見つかりました。こちらに記載があるかもしれません。吟味してみようと思います。
メタ分析(Yang, 2013) *2
研究の概要
肺炎にかかった成人が、胸部に対する物理療法を受けると、物理療法なしに比べて、死亡率や治癒率は改善するのか、を検討したランダム化比較試験のメタ分析。
主な結果
6のランダム化比較試験が採用基準に該当。以下の4種の物理療法を検討した。
- 伝統的な物理療法(2研究):死亡率リスク比 1.03(95%信頼区間 0.15, 7.13)、治癒率リスク比 0.84(95%信頼区間 0.57, 1.25)
- オステオパシー(2研究)*3:死亡率リスク比 0.27(95%信頼区間 0.05, 1.57)
- active cycle of breathing techniques(1研究):死亡率検討なし、治癒率リスク比 0.60(95%信頼区間 0.29, 1.23)
- 陽圧呼吸(1研究):死亡率・治癒率の検討なし。
これらの1次アウトカムでは改善がみられなかったものの、2次アウトカムの入院期間ではオステオパシー群で平均 -2.0日(95%信頼区間 -3.5, -0.6)、陽圧呼吸群では平均 -1.4日(95%信頼区間 -2.8, -0.0)といずれも入院期間の短縮がみられた。
ちなみに、active cycle of breathing techniquesについてはyoutubeがありましたので、ご参照ください。
Active Cycle of Breathing Technique (ACBT)
補助療法はこれからの検討課題か
喀痰吸引もそうですが、そもそも研究自体が少なく、まだ科学的に十分解明されていない分野、ということになるでしょうか。オステオパシーや陽圧呼吸などは併用することで効果があがるのかもしれません。
肺炎に対するたんの吸引の効果については、まだ明確な結論が出ていない、といったところだと思います。少なくとも、吸引しなければ治らないということはありません。これまで通り、個別の状況を勘案してやるかどうか判断を下す、という段階でしょう。
ついつい薬の選択がどうだ、使い方がどうだ、といった薬物療法の狭い領域に関心が行ってしまいがちですが、もう少し補助療法にも着目すべきかもしれないですね。
それでは、また。
*1:医療事務|保険診療点数|診療報酬|レセプト|調べるならしろぼんねっと
*2:Yang M, Yan Y, Yin X, Wang BY, Wu T, Liu GJ, Dong BR. Chest physiotherapy for pneumonia in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Feb 28;2:CD006338. doi: 10.1002/14651858.CD006338.pub3. Review. PubMed PMID: 23450568.
*3:paraspinal inhibition, rib raising, myofascial releaseなど